①視える壁の中から

                  1969.9の京大時計台闘争で逮捕され、京都拘置所で勾留中 

                   に市民救対の要請で、この文を書き、救対ニュースに載った

                   あと、京都大学新聞(1969.12.1号)に掲載されたものです。

                   (大学2回生の時に書いたものです。)

                   

 

  葉書受け取りました。少し返事を出すのが遅れてしまいましたが僕がこの拘置所の独房の中でどんなことを考えているのか、その一端を書いてみました。 
 僕らは外にいた時、こんなことをいって笑い合ったことがあります。“内も外も監獄には違いないが、中の方が壁が現に存在するだけにつらいだろうな”と。激烈な競争戦と専門の獲得のみを強いる現在の教育の中で形成される監獄が教育監獄だとすれば、産業合理化の嵐が吹き荒れ、職制のもとにしばられ、労働強化を強いられている職場は労働監獄といえましょう。どちらも壁がみえないのが特徴で、自由な活動の外観をとりますが、ちょっと明晰な目をもってすれば、それが外観にしかすぎないことを見破るのはそう困難なことではないでしょう。

 今、壁の中にいて感じることは外も中もたいして変わらないということです。隔離されているといっても、ここが外の社会とは切り離されて別の社会を構成しているわけでも何でもなく、ここも社会の一部であり、いやむしろ、こここそが今の社会を象徴的に示しているといえます。言葉を換えていえば、今の社会は必然的にこのような監獄を持たざるを得ないというわけです。

 エンゲルスは「家族・私有財産・国家の起源」の中で「…公的暴力はどの国家にも存在する。この暴力を構成するものは、単に武装した人間だけではなく、氏族社会がまるで知らなかった物的付属物、すなわち監獄その他のあらゆる種類の強制施設もまたそうなのだ。」と述べ、監獄を公的暴力の構成物としてとらえ、階級対立の発生、国家の発生とともに生み出されたことを述べています。少数の階級による多数の階級への暴力的支配が続くかぎり、その暴力を構成するものとして監獄はなくならないということです。

 また、自由・不自由に関していえば、このような場所での不自由さというのは、おそらくあやふやな意味でのブルジョア的不自由さなのでしょう。普通、監獄の壁はその中にいる人間に対して次のように語りかけます。

 「つらいだろう。これもお前が法秩序を犯したからなんだぞ。よく反省しろよ。考えてもみろ、こうしてブタ箱にはいってみると、何と世の中は自由にあふれていたかわかるだろう。お前はそれを身をもって知ったということだ。身体を拘束されてはじめてな。この社会というのは他人の自由を侵さない限り、手前の自由は保障されているというわけだ。有難いじゃないか、な、そうだろ。もう二度とこんな所へ入るんじゃないぞ。法を犯すなよ!」
 ナルホドなんて感心ばかりしてられません。よく考えてみなければなりません。手前の自由の中味を。どんな自由があったのかな・・・と考えてみると、何のことはありません。自由がなかったから自由をよこせといった。そしたら自由の名の下に不自由にされたというわけです。笑い話ではありません。こういうふうに考えると、どうもこの社会には二通りの自由があるらしく思われます。
 いや真実の自由は1つだということになるともう1つの自由は見せかけだけの自由で、偽物らしいということになります。もう一度壁の語った言葉に戻って考えてみましょう。「他人の自由を犯さない限り手前の自由は保障される」というのが、どうもこの社会の秩序の原則らしいのですが、検討の結果、保障されるべき手前の自由があまりないということになると、それにもかかわらずこの秩序にこの社会がこだわるのは何故かと考えねばなりません。どうも犯されるべき自由を持っている「他人」という名の人間がいるらしいという結論になり、その人間の自由(=利益)を守るためにこの秩序が存在していることがわかります。何のことはありません。始めから自由を多くもっている人間と自由を少なくしかもっていない人または全くもっていない人というふうに、この社会は不平等であるのがわかります。
 自由の平等の前提の上にしか成り立たない命題(=他人の自由云々)を不平等なこの社会にあてはめるから、よく考えるとおかしいということになるわけです。従って、“壁の語り”には前提(=不平等)そのものが問われていないが故に承服しかねるということになります。そして僕らはまさにその前提を問題にしているわけです。ここまでくると既に“自由”という概念では説明できないところまできてしまったようです。“自由”という言葉の厳密な意味、つまり何に基づいたいかなる内容のものなのかをさらにつけ加えなければならないのですが、ここでは次のことをいってそれだけにとどめておきましょう。つまり、他人の自由、手前の自由が私有財産という言葉に置き換えられること、またあるところでは自由=自由競争であること。
 最後に日本を“自由な国家”だと考えている人に対して僕はこういいましょう。「その通り、確かに日本は自由な国です。ただし文法的に正確な意味で、つまり国家がその構成員である国民にたいして自由であるという意味において。」(なんか、マルクスもこんなことをいっていたような気がします。)
 さて長々と自由・不自由について書いてきましたが、僕の言いたかったことは、はじめに書いたように監獄というものが、ブルジョア的自由の概念をたたき込むところである以上、僕らはあくまでもそれを拒否せざるをえず、その意味において「早く外に出て自由になりたい」なんて泣き言は言えないし、事実そんな気も起らないということなのです。現実は決して理想化してはならず現実の現実として重視しなければなりません。監獄は厳としてこのように存在し、いま僕がその中にいるのも現実なのです。僕らがたとえそこから出られたとしても、監獄そのものはなくなったわけではないし、監獄をもつ社会、社会全体が監獄のような社会はなくなったわけではないのです。
その意味で僕らには出口がなく、この社会に、この現実にとどまらざるをえないがゆえに、この場を変革しなければならないのです。監獄のない社会、監獄でない社会は“自由な国家”なんていうあいまいな言葉で示されるものではなく、監獄そのものの発生したゆえんを考えてみればはっきりするように、階級そのものの消滅、国家そのものの消滅の中にしかその真の実現がありえないことはいうまでもないでしょう。そして 僕たちはその気の遠くなるような未来のために闘っているのです。
 このように独房の中で生活を送ることが“闘い”だなんてちっとも思っていません。耐えることは闘いでも何でもなく、耐えねばならないような現実があるとしたら、その現実に真向から対決し、その現実を変えるように行動をとることが闘うことを意味するのです。
 正しいと思ったことをやったにもかかわらず逮捕され、このように拘置所の独房にたたき込まれています。そして近い将来“法”のもとに裁判を受け、罰せられようとしています。これが僕らの生きているこの社会であり、まさに逃れられない現実である以上、現に僕らに敵対しているものが何であるかは明らかです。僕らは被告の名に決して甘んじることはありません。真に裁かれるべきものは誰なのかを公判闘争を通じて明らかにするでしょう。それこそ僕らの今やらねばならない闘いなのです。
 くり返しの差入れ、面会有難うございます。以上述べたように意気盛んですから御安心下さい。これを機会に本を読んだり、思索をしたりしていますが、外で毎日飛び回っている諸君に比べると、あまりに恵まれた生活をしているようでかえって申し訳ないような気がするくらいです。
 では今日はこれで。外の諸君の健斗をいのりつつ。

 

 

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