当番弁護士体験記

1993年に大阪弁護士会で行われた座談会での発言。後に大阪弁護士会発行「刑弁情報」No.8に掲載)

 

一覧表にありますけれども、3回やって1回ごとに一事件ということですね。

 華々しい結果はないのですけれども、一番最後の事件も実は最近判決が出まして執行猶予がつきました。

ただ私が誇れるとしたら、これを見て初めて気がついたのですけれども、3つの事件とも非受任になってないことと扶助でないことで、全部着手金と報酬をいただきました(笑)。

これを弁護士会の規定通り、全部弁護士会に負担金を納めさせていただきましたので、多分44期では最高に納付しているんじゃないかと思っております(笑)。

一番最初の163の事件は実は報告集に内容を書きましたので、これを読んでいただければと思います。


それでいまお話しようと思うのは、書かなかった278の事件なんです。

この事件は覚醒剤の自己使用の事件だったんですけれども、20数歳の女性で風俗関係の仕事についている人だったんです。彼女は子ども1人がいたんですね。非常に不幸な結婚を2回しまして、2度とも非常に暴力的な夫で離婚していて、子どもを生んでその子どもを育てていたんです。

それで彼女は風俗関係の仕事についていたので、日常的には育てるのは無理なので施設に預けて、週末だけ引き取っていたんです。ところが、逮捕されてしまったために週末に引き取ることができなくなった。私、最初に接見したときに、その話を聞いて、覚醒剤が尿から出ているということで、それは間違いないのですね。私の方針としては、これはできるだけ早く出してあげようということで、いわゆる情状弁護をそんな段階でやったんです。子どもの問題、彼女の置かれた環境の問題、そこを検察に盛んにアピールしまして、起訴はどうせするのだろうから、できるだけ早くしてくれということで、勾留延長をさせずに、その前の段階で起訴ということだったんです。

だから、捜査期間が11日か12日ぐらいだったと思うんですけれども。実はその関連する事件が先ほどあると申しましたが、その他の人がより早く逮捕されていたんですけど、その人より彼女の方が、早く出られたということが1つありました。


それから、もう1つ、懇談事項の中の信頼関係形成に関する苦労云々という項に関連するのですけれども、私、最初に行ったときに、その人にどういう話をしたかというのはよく覚えてないのですよ。ただ、私は、あなたの友だちから依頼されて、ここに来ていて、あなたの立場に立って弁護する、そういう人間なんだ。何でも私には正直に話してもらってもいいんだ、という話をいろいろしたと思います。最初はちょっと堅い感じだったんです。逮捕されたその日の夜行ったんで、彼女にとっても警察の留置場に入るというのは初めての経験、取調も初めてだった。非常に緊張していて堅くなっていた。それを解きほぐすために、私は時々使うんですけれども、僕も実はこういうところへ入ったことがあるんだという話をして「えーっ」とか言って「それで弁護士やってるんですか」「そうなんだよ」という話でね(笑)。そんなこといろいろ話をしていく中で、後で彼女から聞いて分かったんですけれども、そのときに非常にホッとしたということを言ってました。

それから、いろんなことを話してくれて、正直に話を聞きすぎてちょっと対応に困ったというか、そういう面もあったんですけれども、そういう中で早く身柄を出してあげることができたのは、1つの成果だったのではないかと思います。その問題は公判になってからも実は引きずってまして、裁判官が非常に彼女のことを心配してくれまして、今後どうやっていくのかと。子どもを抱えながら、いわゆる水商売関係でしか生きてはいけないと、普通に考えればそういうふうになってしまうんじゃないか。そういう中でまた覚醒剤をやってしまうんじゃないかという心配を私も実は持っていたのですけれども、裁判官も非常にそのことを心配しておりまして、結婚相手はいい人いないのかとか、そういうことを裁判官が法廷で質問するということがありました。初犯でしたので執行猶予が当然の結果として付いたわけですけれども、そういうことがありました。

これも実は、後日談がありまして、彼女、最近私のところへ来まして、やっといい人が見つかりまして3回目の結婚をすることになりましたとお腹が大きい状態で来まして、相手は非常に真面目に働いている旦那さんみたいで幸せそうでした。うちの事務所の事務局の女性が、久しぶりに彼女を見て、非常に表情がよくなったと言ってました。


それから、3件とも起訴されて保釈ということで保釈を取ったんですけれども、彼女の場合は、彼女自身はお金はなかったので友人が出してくれたのですが、保釈金をいくら友人が調達してくれると言っても、私はやっぱり裁判官との交渉の中でできるだけ安くしてあげようというふうに思っていたんですね。まず検察官と交渉しまして、今回保釈請求をするけれども、保釈金は本人が出せないので友人から集めたんだということで、これだけしかないということで検察官と交渉しまして非常に安く済ませることが出来ました。検察官が了解していれば裁判官も基本的には了承しますから、そのお金で保釈を認めてくれたということがありました。


それから、この事件をやったために、その友人を通して、逮捕令状が出ている段階から私に相談に来た他の人の事件を受けることになりました。私は自首を勧めて、本人は無実だということを主張しているので警察に出て行けということを勧めまして警察に行かせて、この関係は城東署と鶴見書でほとんどやったんですが、行かせて実に華々しくこの事件はやりまして、あらゆる手立てを使いました。準抗告、勾留取消、勾留理由開示とかあらゆる手段を使いました。すると警察が、捜査妨害だ、そんなにやられたら、つまりほとんど記録が自分のところの手元にない(笑)。

裁判所にすぐ行かなければいけない、捜査が全然できないというふうに言われながら、それだけやって最終的には釈放、1ヶ月足らずのうちに不起訴という結果を勝ち取ることが出来ました。


それから、もう1つは、当番弁護士で経験した事件というのは非常に人間関係が深くなるんですね。他の国選事件とか事務所事件と比べると。なぜそういうふうに人間関係が深くなるのかというと、やはり捜査段階の一番困っている段階の被疑者に一番頼りにせざるを得ない人間として弁護人がそういう形で接触して、起訴、不起訴という全く運命の分かれてくる時点で、あるいはその後の保釈の段階で弁護士として係わるという過程を経ているからですね。それも誰の力も借りないで当番弁護士一人でそれを全部やらなければいけない形で係わるためにですね。

例えば事務所の事件だったら、ボス弁と一緒に行く、あるいは共同で他の人とやるというのではなくて、正に一人でやるために、そういう人間関係が非常に深くなる。それがそのつながりというのをずーっと作ってきて、私のこの2番目の事件の場合は、実はこの事件の関係者なんですけれども、この友人と言われる人の民事事件を最近またやり出したり、ずーっとつながりを今だに持っているということがあります。

  申込み人連絡者 接見日・場所 接見後の処理 被疑罪名 接見弁護士
163 雇用主
5.12  H署 受任 変造有価証券交付 片見冨士夫 
278 友人 6.18  T署 受任 覚醒剤取締法違反 片見冨士夫
87  警察 1.26  M署 受任 傷害 片見冨士夫

 

参考① 

初めての当番弁護士

(大阪弁護士会刑事弁護委員会発行「大阪における当番弁護士活動(19923月~19932月)」所収)

 

1.いざ出勤

5月12日、初めての当番弁護士日。朝から事務所で仕事をしながら待機するも、何となく落ちつかない。電話が鳴る度に、聞き耳を立ててしまう。

今日はもうないのか、と思いはじめた午後4時45分、「弁護士会からです」と事務局のNさんがとりついでくれる。

 

2.床屋さんが捕まった

弁護士会にかかってきた電話によれば、事件は、府内H市の理髪店で従業員が捕まったというもの。容疑は変造有価証券交付ということで、修習生時代に扱ったテレホンカードの事件が思い浮かぶ。店のマスターからの連絡で、警察に行っても会わせてくれないので弁護士に依頼したいとのこと。

早速1時間かけてH警察署に接見に行く。

 

3.被疑者はおとなしい人だった

警察で接見したOさんは、51歳の男性。突然の逮捕、しかも店で働いている最中に逮捕されたということでショックが隠せない様子だった。被疑事実は、前の年の11月に客の1人に50度数のを500度数に変造したテレカ2枚譲ったというもの。何でこの時期にと思うが、譲り受けた客が最近になって警察に申告したらしい。被疑事実は間違いないようだが、黙秘権のこと、今後の手続きの流れなどを教え、元気づけて最初の接見を終える。

接見終了後理髪店に寄って、マスター、Oさんの奥さん、お兄さんなどと今後の対策について話し合う。

初めての当番弁護士事件は、こうして私選の受任事件となった。

 

4.警察に申し入れをする

翌日、警察の担当の課長に会い、日中店内に客のいるときに多数の警察官で押しかけ、逮捕するというのは穏当ではないと抗議し、合わせて本人は腎臓が悪いので医者に見せてほしい、今のところ新聞等には出ていないようだが、マスコミに情報を流さないで欲しい等の申入れをする。課長は「本人はたいして悪くないが、本件は根が深い」などと意味深なことを言う。

 

5.奥さんに離婚の相談をされる

連日接見に行き、本人の様子などはマスターに報告していたが、ある日事務所に奥さんから電話がかかってきて、思い余った声で「離婚したいのですが」と相談される。その場は「とりあえず、電話ではなんなんで、今日の夕方家に行きます。その時に詳しいことは」と切り抜けるが、内心大変なことになってしまった、奥さんをどう説得しよう、本人にはどう言おうとあせってしまった。

刑事事件が民事事件にまで発展してしまった。

その日接見したあとにマスターと一緒に家に行く。奥さんに詳しく話を聞くと、家が捜査された時近所の人に知られてしまい、ここに住んでられなくなった。息子の就職問題があるので父親の存在が不利にならないよう離婚したいというものだった。事件以前からの夫婦間の問題もあるようだったが、ここは「結論を急がないでほしい、本人が出てくるまで待って、出てきてから二人で良く話し合ってほしい」と言うしかなかった。

冤罪事件などで、逮捕を契機に家庭が崩壊していく話を聞いたことはあるが、本事件でもそれを目の当たりに見る思いだった。そして弁護士は、刑事事件への関わりは単なる刑事弁護人としてだけではなく、その事件に付随しておこる諸問題も抱え込まざるをえない場合もあることを改めて認識した。

 

6.事件が拡大する

連日の取り調べでOさんは消耗していた。問題のテレカを誰から譲り受けていたかについては、当初客に迷惑をかけられないということで警察には言っていなかったが、警察は既にそれをつかんでいて、取調官の追及に2,3日後には明らかにせざるを得なかった。その人物は客の1人である暴力団関係者で、警察の狙いは当初からそこにあったといってよい。彼は別件で拘置所にいたが、Oさんから名前が出たということで、この件で逮捕された。また、Oさんは他にも譲渡しているのではないかということで追求を受け、これも当初店の者への迷惑を考えて言わないでいたが、数日後には明らかにせざるを得なかった。店の従業員数名に譲渡していたのである。これらの件は余罪として取調られることになる。このようにして事件は拡大していった。

弁護人として当初からこのような話を聞きながら、せいぜい黙秘権の存在を説明するくらいで、嘘をつかせたり、積極的な供述指導はできない。そこのところは本人の判断に委ねざるを得ないのである。そういう中で事件は拡大していく。それを弁護人として止められないことにいらだちと無力感を感じていた。

 

7.勾留が延長された

余罪捜査の必要性を理由として勾留延長は必至だった。そこで前もって裁判所に上申書を出して、決定前に裁判官との面談を求めた。余罪の裏付け関係の捜査といっても従業員数名は時間をずらして1日に呼び出されている。延長はやむを得ないとしても10日も必要ないのではないか、延長期間を短縮させるのが実質的な狙いだった。

しかし、勾留は検察官の請求どおり10日間延長された。

 

8.勾留の一部取消を求めた

Oさんは連日の取調のなかで、警察官への供述と検察官への供述との食い違い、警察官への供述と勾留質問での裁判官への供述との食い違いを追求され、本件でのOさんの役割、動機等でOさんに不利な調書が作成されているようだった。弁護人としてアドバイスはしていたのだが、Oさんは読み聞けされても訂正を求める気力すら失っているようで、投げやりになりつつあった。

そこで、このような取調の実情と、本人が慢性腎炎で血尿が出ているという事情を合わせて訴え、身柄を警察の留置場(代用監獄)から拘置所に移すべく、勾留の一部取消請求、すなわち勾留場所を○○警察署代用監獄にした決定のその部分のみの取消請求をした。こういう場面通常は「移監の申立て」という形をとることが多いようであるが、「一部取消請求」の方が権利性があり、却下されたときに準抗告できる(実際にはしなかったが)という意味で良いと思う。請求書を裁判所に持っていったときに、係官が大阪では、こういうのは珍しいと言っていた。

しかし、この請求も却下された。

 

9.涙の被疑者

Oさんは日ごとに元気が無くなっていった。理由の一つは勾留が長くなり、連日の取調によるものだったが、もう一つの理由は家庭問題であった。

前に述べた奥さんが離婚したいという気持ちでいることは、勿論Oさんには伝えていなかったが、何となく感で分かっていたようだ。接見の歳、妻の熱い励ましの言葉が欲しい、と言うようになった。

そこでマスターとも相談して奥さんに手紙を書いてもらうことにした。ある日、書けましたと連絡が入り、受け取り、それを持って接見に行った。本人宛の封をしてある手紙なので弁護人でも勝手に開けるわけにはいかないと判断して本人の目の前で開け、読むことにした。一種の賭であった。奥さんには趣旨は話してあったもののどんな手紙を実際に書いたかはわからない。場合によっては「勧進帳」も必要かなと覚悟していた。

開口一番「今日は奥さんからの手紙を預かってきたよ」というと、Oさんの目が輝いた。許可を得て封を開け読み出すと、それは心のこもった実にいい内容の手紙だった。Oさんはそれを聞きながら涙、涙、涙・・・・。ずっと泣きっぱなしだった。読み上げる私も声をつまらせることがしばしばだった。

読み終わると、Oさんは「悪い方ばかり考えていました。これで励みになりました」と深々と頭を下げた。

私は、思わずこの場面は公判にとっておきたかった、と思ってしまった。これも弁護士の悲しい性か。

(後日この話を先輩のT弁護士にすると、事前に当然手紙を開けてよいし、弁護人としてはそうすべきだ、と言われた。そうかもしれない。)

 

10.起訴そして保釈

6月2日Oさんは起訴された。すぐにでも保釈申請をして出してあげたかったが、別の譲渡の関係で余罪が残っており、今保釈で出ても再逮捕の可能性がある。そこで検察官と交渉し、余罪捜査を1週間で終わらせること、その時点で保釈申請をするのでその場合「しかるべく」の意見を付することを約束させた。

余罪としては数人へ譲渡があったが、結局1週間後に追起訴されたのはその内の1件だけだった。そして、6月9日Oさんは無事保釈が認められ外に出れた。

 

11.公判

公判では、公訴事実では追起訴分について「行使の目的」を争い、調書の一部不同意などもして争った。また、最初からOさんのために一生懸命動いてくれた店のマスターに情状証人として出てもらい今後も継続して店で働いてもらうことなどを証言してもらった。

本人の決意など知ってもらうために奥さんや子供たちにもできるだけ公判を傍聴してもらった。

そして判決は、懲役10月、執行猶予3年というものだった。

 

12.後日談

この事件で、弁護人としてOさんの再犯のおそれについては楽観していた。今後2度とこのようなことはしないだろうと。

唯一気掛かりだったのは、この夫婦がどうなっていくのか、この家族がどうなっていくのかということだった。

私としては、いろいろあったがこの事件をとおして家族の絆が深まることを期待していたのだが、現実はそう甘くない。

判決のあとお礼にきてから約3ヶ月連絡がなかったが、今年の正月にOさんから年賀状が届いた。

そこには、「昨年は何かとお世話になりありがとうございました。私どももおかげ様でよりいっそう元気でがんばらせてもらっております。ありがとうございました」とあった。その賀状は夫婦連名のものであり、どうやらうまくやっているようだ。

参考② 

ある不起訴事件(大阪弁護士会刑事弁護委員会発行「大阪における当番弁護士活動(不起訴事例特集)」所収)


1.弁護士会から連絡を受け、警察に被疑者の接見に行ったのは1993年10月1日であった。

所轄の警察署は、私の通う私鉄沿線のN署であったので、事務所での仕事を終えてからの、その日の夜の接見となった。


2.被疑者のOさんは、年齢52歳の男性であった。容疑は大麻煙草2本の所持で、9月29日に現行犯で逮捕ということだった。接見に行った日はちょうど10日間の勾留のついた日で、勾留質問の際、被疑事実を否認したことから裁判官から弁護士をつけた方が良いと言われ、当番弁護士のことを聞き、弁護士会に連絡をとったそうである。


3.所持の現行犯逮捕でありながら否認というのは、ちょっと変わったケースであるが、Oさんの話によると次のようなことであった。

Oさんは、電気工事関係の会社に勤務し、その社員寮に宿泊しているが、その会社に出入りしている男が覚せい剤取締法違反で逮捕されたことから、会社事務所、寮など6ヶ所が捜索された。Oさんの部屋も、そのような捜索の一環としてなされ、その結果、Oさんの部屋内にあるOさんの所持品から大麻煙草2本が発見された。Oさんは、そのような物は見に覚えがないことから、「見たこともないし、貰ったこともない」と否認したが、所持の現行犯として逮捕されてしまった、ということである。

否認事件ということで、弁護人として捜査段階からつく必要性を感じ、Oさんと話し合った結果私選の弁護人としてつくことになった。


4.Oさんの説明によれば、大麻煙草が発見されたのは、自分の部屋の中にあったセカンドバッグの中であるが、それは友人から預かったものであり、その中身は大人のオモチャであって大麻が入っているなど、友人から話も聞いていないし、中を開けたこともないので、そのような物が入っているのは見たこともないということであった。

結局、所持の現行犯で逮捕されているが、大麻を所持していることの認識あるいは大麻煙草状の物を所持していることの認識に欠けるため否認となったものである。


5.Oさんに覚せい剤の前科が2犯あること、本件捜査の元になった事件(覚せい剤)の被疑者が暴力団の組関係者であることなどから警察は、本件についても本腰を入れており、Oさんの弁解を信じて釈放するということは考えにくかった。Oさんは、警察の取調べに対し、他人から預かったと供述しながら、その人物の名前を明かしていないことも警察に不信を買う理由となっていた。

そこで、弁護人の私としては、Oさんとの信頼関係を基礎に、そのバッグをOさんに預けた人の名前を聞き出すことに努めた。Oさんがそれを警察に話さない理由はその人に迷惑をかけたくないということであり(特にその人が入れたのではない場合に多大の迷惑がかかる)、その背景には、以前に自分が他人に名前を出されて逮捕され、いやな思いをしたことがあるからであった。また、預けた人はOさんの知る限り、別の違法なことにも関与しており、本件で名前を出すことによってそれも発覚するおそれがあるからであった。Oさんとしては、他人を警察に売りたくないという気持ちが強かった。

しかし、弁護人としては、被疑者の話の真否を確認するためにも、その人の名を聞き出す必要があった。私が聞いたからといって警察にはすぐ知らせない、警察や検察に知らせる時にはOさんに相談するという約束で結局、Oさんからその人の名前、連絡先などを聞き出すことに成功した。

この時のやりとりで私はOさんの話を信用するようになっていった。


6.Oさんの雇い主にも会って話を聞いたが、この人はOさんの前科のことを知りながら雇い入れた人であり、Oさんは現在は覚せい剤も大麻もやっておらず立派に更正して働いているということだった。また、警察の検査の結果によってもOさんの身体から薬物を使用していたということをうかがわせる証拠は何も出なかった。


7.押収されたバッグは、チャック式のものであり、外からは中に入っているものは見えないようになっていた(したがって中身の認識について当然あるということにはならない)。

また、中身の認識の有無について問題となる中身へのOさんの指紋の付着の有無であるが、発見された時に警察に持たされて写真を撮らされたということで、仮に指紋がついていたとしてもその時についたということで説明できる。起訴されて公判になっても十分争えると私は思った。


8.問題は捜査段階でいかに早期にOさんを釈放させるかであるが、預けた人の名前を出さない限り捜査未了、罪証隠滅のおそれの関係で勾留延長もやむなしということになろう。

したがって、今後の方針としては、Oさんが虚偽の自白をしないように注意しつつ、期限満了前に検察官に弁護人の調査した内容を伝え、処分保留での釈放に持っていくということである。


9. 10月11日、10日間の延長が決まった。この間預けた人に2度ほど電話で連絡をとったが、実際に会うまでには至らなかった。、

そんな矢先の10月13日突然警察から私の方に連絡が入った。Oさんが脳梗塞で倒れ病院に入院したというのである。「取調べに無理があったのでは」という私の質問に「そんなことはありません。原因はわかりませんが、突然様子がおかしくなったので病院に運んだんです」と言う。警察から聞いた病院に電話を入れ、担当医師にOさんの容態を聞くと脳腫瘍の疑いもあるという。すぐ手術ということにはならないが、しばらく様子をみたいと言う。

私は担当検事にすぐ電話を入れ、Oさんについて直ちに釈放の手続きをとるよう申し入れたが、既にそのようにしているとのこと。

Oさんの容態が大分悪いことと、警察での取調べに無理があったのではという指摘を避けるためにそのような措置を迅速にとったのであろう。

その日の夜にOさんのお見舞いに病院に行ったが、Oさんはイビキをかいて寝ているだけで呼んでも起きなかった。看護婦さんに聞くと、Oさんは言葉がもつれて喋れないようである。


10.ところが、重態と思われていたOさんだが、入院して1週間もたたない19日、突然退院の運びになってしまった。勿論Oさんが勝手に退院したのではなく、医師の指示によるものだが、経過が思ったより良好で当面通院でも良いとの判断がでたのである。

この事態にあせったのは警察で、仮病ではなかったのかの疑いも持ったようであるが、脳梗塞とか脳腫瘍の疑いというのも医師の診断であるから、それが間違っていたとは言えない。再び身柄を拘束して取調べるという訳にもいかず、私の方に連絡してきて、任意出頭させてくれないかとのことであった。その後、Oさん本人に連絡をとって1回出頭させたことはあるが、本人の取調べはそれで終わったようである。

それより2ヶ月後の12月27日にOさんは不起訴となった。


11.結局、本件は途中から思いがけない展開をたどることになり釈放-不起訴になったが、今から考えると例え途中でOさんが倒れなくても、結果は同じだったように思える。大麻所持の現行犯でありながら、それを所持しているという認識に欠けるケースで、認識に欠けるということに合理的理由がある場合である。本件のような展開になったお陰でOさんに預けた人の名を警察、検察に知らせるかどうか私自身悩まないで済んだだけ、幸いであったと今では思っている。


 

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